⒈はじめに
このページは,Xの以下のポストを投稿するにあたって一週間程度調査したものをまとめたものである.当然私は印刷業界の人間ではないため,ページ内容は誤った理解が含まれているかもしれない(特にに考察).したがって,もしあなたがその誤りもしくはそうと疑われる内容を見つけたなら,ぜひ知らせていただきたい.
2.リトグラフ
リトグラフとは印刷技法の一種であり, 印刷版に描画された部分を新油性,それ以外の部分を親水性に化学処理して印刷する.現在の平板(オフセット)印刷の原型である[1].
リトグラフは1798年,ドイツのアロイス・ゼネフェルダーによって開発された.それまで使われた木版画や活版印刷,銅版画などと違い,版面に直接絵を描いて完成させるため,製版の手軽さから瞬く間に広まった技法でもある.ゼネフェルダー自身は戯曲用の楽譜を自費で印刷する目的で開発したが,19世紀以降カラー印刷が可能になると,ロートレックやミュシャなどアールヌーボーを代表する画家によるポスター作品が多く生まれた.最初印刷版として石灰岩が用いられたが,石灰岩の印刷版は重く割れやすいため次第に亜鉛版が使われるようになり,ホール・エルー法の登場でアルミニウムが生産されると,表面の白さや軽量さからアルミニウム版が主流になり現在まで続いている.
一般的な印刷(製版)の流れをかいつまんで説明する.詳細は[4]を参考にされたい.
①脂肪酸を多く含むクレヨンや解き墨などで版に描画.
②アラビアゴム,重クロム酸塩,リン酸を含む水溶液(製版液と呼ばれる)を塗布し非描画部分を不感脂化処理する.
③有機溶媒で描画部を溶かす.
④ラッカー,チンクターを使って描画部の処理をする.
⑤版面を水洗いしてインクをつけ,紙に転写.
この方法では製版液に重金属のクロムが含まれており廃液処理の必要がある.また一連の作業は煩雑で,製版には2日以上を要するため生徒実験や実験教室での実施に向かない.
3.目的
キッチンリトグラフとはリトグラフの応用であり,一般家庭で揃えることができる道具類を使って印刷する方法である.キッチンリトグラフは子供に親水性と新油性について経験的に学ばせる実験教材となりうる可能性を秘めており,リトグラフを使った授業実践例の報告は[2]や[3]などが挙げられるが, これらは美術系の学校の実践例であることに加え,製版の過程での化学的作用について詳細な説明がなされていない.したがってこのまとめではキッチンリトグラフの手順を紹介し,アルミホイル表面の化学的作用を明らかにしていきたい.
4.キッチンリトグラフの実験方法
準備(全て100円ショップで揃えることができる)
アルミホイル,カッターマット等の硬質板,マスキングテープ,クレヨン,バット,コーラ,サラダ油,油絵の具,スポンジ×2,塗装用ローラー,画用紙
手順
①硬質版をアルミホイルで覆い,端をマスキングテープで止める.これをアルミ版として使用する.
②アルミ版にクレヨンで描画する.文字などを書く際は印刷時に反転することに注意する.あらかじめ描きたい図案を紙に印刷するか描いておき,上からボールペン等でなぞることで下書きをすることができる.
③バットにコーラを注ぎ,アルミ版を20秒ほど浸漬する.この時コーラがアルミホイルと硬質版の間に入り込むと炭酸で版面が膨らむことがあるが,あらかじめコーラが版の内側に侵入しないようにマスキングテープで版の裏面をふさいでおけば防ぐことができる.
④バットからアルミ版を取り出して軽く水洗いする.
⑤サラダ油を版面に少量垂らして,水で濡らしたスポンジで描画部を擦りとる.
⑥別のスポンジを水に濡らして版面全体を拭く.これにより非描画部が水を保持し,油絵の具を弾くことができる.
⑦絵の具がついたローラーを版面に押し当て描画部にインクをつける.
⑧非描画部のインク汚れを⑥のスポンジで拭いとる.
⑨画用紙を上から被せ,スプーンなどの丸みのあるもので描画部全体を圧をかけながら擦る.
⑩画用紙を剥がして完成.これを持ち帰る際は絵のインクが肌や衣服に付着して汚れないようにラミネートフィルム等で保護することをお勧めする.また完成後,紙面上の非描画部を乾燥させ,蓄光性のある粉末(レジン作品制作用として100円ショップで販売されている)を振りかけると,描画部のみ粉末がつくので,暗闇で光る絵ができる.
5.考察
キッチンリトグラフの手順において注目するべきは,手順②と③の部分である.
まず手順②では,アルミホイルにクレヨンで描画することにより,クレヨンに含まれる脂肪酸が吸着してステアリン酸アルミニウムのような金属石鹸ができる.そのため油絵の具が乗りやすく,水を弾くようになる.また酸化被膜によってアルミ表面が荒くなっており,それが脂肪酸の吸着を助けているのだろう[5].
続いて手順③であるが,これは非描画部の不感脂化処理にあたる.コーラには香料としてアラビアガム,酸味料としてリン酸が含まれており,このうちリン酸はアルミ版の酸洗処理,アラビアガムは非描画部の保護と保水性向上の目的であると考えられる.[3]によればリン酸によってアルミニウム表面の油汚れなどを除去できるというような記述が見られる.また[6]では,「アラビアゴムの主成分であるアラビン酸が非画像部に配向吸着し…」としており,アラビン酸は脂肪酸の一種であるためアルミ表面に吸着して描画部とは別種の金属石鹸になっているのではないか.
図1は(a)通常のアルミホイル表面,手順③後の(b)非描画部と(c)描画部のSEM像である.(a)(b)に大きな違いがみられなかったが,(c)には黒点が数多くみられた.



図1
6.おわりに
キッチンリトグラフは新油性,親水性を理解させるための教材になるだけでなく,材料費が安価で危険な試薬類を扱う必要がなく簡単に実験ができることは大変魅力的である.さらに今の印刷技術に応用されているという点で実生活とのつながりを示すことができる.
参考文献
[1]松本實,“平板インキ”,色材,2008,61,2,p105
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai1937/61/2/61_105/_pdf/-char/ja
[2]中原直人,時田真澄,“化粧品を使ったリトグラフートナーによるリトグラフを応用したボディペインティングの教材ー”,山野研究紀要,2010,18号,p33-41
https://www.jstage.jst.go.jp/article/yca/18/0/18_33/_pdf/-char/ja
[3]Robert Wilson,“LITHOGRAPHY IN THE SCHOOLS”,The University of British Columbia,1977,p6-10
https://open.library.ubc.ca/soa/cIRcle/collections/ubctheses/831/items/1.0055717
[4]永井研治,“リトグラフ”,MAU造形ファイル,2008
http://zokeifile.musabi.ac.jp/リトグラフ/
[5]松浦良平,“金属セッケンの界面化学”,油化学,1967,第16巻11号,p5
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jos1956/16/11/16_11_585/_pdf
[6]一般社団法人 日本印刷産業連合会,“アラビアゴム液”,印刷用語集,(2024.5.1閲覧)
https://www.jfpi.or.jp/webyogo/index.php?term=81&cat_t=DC
その他参考
“リトグラフとは?”,美学校,(2024.5.1閲覧)
https://bigakko.jp/course_guide/print_photo/sekihanga/explanation.html
佐野迪,“印刷版としてのアルミニウム板”,金属表面技術,1965,Vol. 16,No.9
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1950/16/9/16_9_419/_pdf/-char/ja
小野沢節,“平版の汚れについて”,日本印刷学会論文集,1964,第7巻18号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nig1958/7/18/7_18_95/_pdf/-char/ja
村川享男,“PS平版”,実務表面技術,81-10,p16-20
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1970/28/10/28_10_462/_pdf/-char/ja
